自分の声をまずは受け入れる。発声障害は習慣性
2020/07/18
「自分の声が好き」と躊躇せずに言える人は、おそらくほとんどいません。
誰しもこんな経験があるでしょう。
録音された自分の声を初めて聞いた時の衝撃と違和感を。
「ホントにこれが自分の声なのか?!」と耳を疑いたくなります。
それは、
録音された自分の声は、自分自身にとって100%違って聞こえるからです。
普段自分自身に聞こえている声は、骨伝導と身体的な振動を内側で聴いて(感じて)いる部分が大きいのですが、
録音物では全くその部分はなくなり、外に出た空気伝導のみの周波数を捉えたものを聞いているからです。
だから、いつも聞いている自分の声とは違っていて当然なのです。
否が応でも、
他人はいつもその録音物の声の方を「○○さんの声だ」と認識して聞いているのですから、自分の声を嫌いになっても仕方ありません。
「他人にはこういう風に聞こえているんだな」と割り切って、
客観的に録音の自分の声を何度も聞いて、慣れて受け入れていくしかないのです。
「声」の音色そのものは変えられませんが、変えられる要素もあります。
それは、「彩度」といいますか、「クリアーさ」です。
他人にとって聞きとってもらいやすい「声の通り」になっているのか、
さらには「ことばの明瞭度」ということです。
これらは舌根を緩めるトレーニングや、舌面を広げる等のトレーニングで
改善できます。
最も大事なのは、下顎の緩ませ方です。
これが前提に無いと舌に力が入りやすくなるからです。
または、声の高さを上げてゆくトレーニングで、正しく声域を広げることも出来ます。
発声自体が未熟な場合、
憧れている人の声に似せたり、「良かれ」と思う情報の思い込みによって
声を操作しようとすることは、実に危険なのです。
発声器官は、自律神経の関わる部位が関係しているからです。
自分の声を気にしたりすると、意識的無意識に関わらず、自律神経が交感となり、
発声器官に緊張が起こります。呼吸をつかさどる器官にも緊張は起こります。
発声器官の緊張 とは、舌 や 軟口蓋、喉頭、下顎などに力みが加わることです。それらの力みがプラスされて発声された声帯は、
生理的レベルよりも強く閉鎖するようになります。
声帯が生理的レベルよりもいったん強く閉まるように習慣づいてしまうと、
今度は逆に、いたちごっこのように
舌や軟口蓋などの器官が「ことばを作るタイミング」を取るために力んでゆきます。
何事もそうですが、習慣とは、「身体が癖づいて動いてしまう」 ことです。
もともと
発声運動の回路は生理的、反射的に機能する不随意運動に近いものですが、
随意的に行える部分もあります。
その随意性が習慣となり、
さらには二次的な運動回路となって生理的なものを乗っ取ってしまうのです。
気付いた時には「身体が勝手にやってしまう」という感覚になってしまうのです。
この習慣性を断ち切るためには、もはや自力では困難と思われます。
自分で何とかしようとすることは、さらなる「大間違いな工夫」をしてゆく連鎖にはまり込む恐れもあります。
発声に関する専門のボイストレーニングスクールに相談して
二次的な発声の習慣性を断ち切るトレーニングをすることをお勧めします。